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ロベルト・シューマン作曲

ユーゲント・アルバムより

​「楽しき農夫」​

​演奏;辻田いずみ

シューマン/楽しき農夫辻田いずみ
00:00 / 00:38

≪作曲家について≫

ロベルト・シューマン

Robert Alexander Schumann

1810年6月8日~1856年7月26日(享年46歳)

 

~代表作~

交響曲第1番~4番、

「序奏とアレグロアパッショナート」、

「3つのロマンス」「子供の情景」など

  彼のことで有名なことは

ピアノ教師であった後の妻にあたる

クララの父親の猛反対を押し切って

結婚をしたということでしょう。


  またの機会にクララ・シューマンについては

記述したいと思いますが、
  彼女が才能あるピアニストであったことから

父親がお金目当てに手放したがらなかったという

事情もあったようです。

  ロベルトについて言うと、

10代で父親を亡くし

母親の安定した職業について欲しいという希望に従って

法学を学びます。


  しかし音楽の道を捨てきれず、

後の舅にあたるフリードリッヒ・ヴィークの元に

弟子入りをします。

  1831年には正式に作曲の勉強にも精を出します。

ピアノ曲「アベッグ変奏曲」は

その前に書かれたものというから驚きですね!


  また作曲にとりかかったきっかけというのが、

「手の小さい彼が無理に指を広げて弾けなくなったから」

という話がまかり通っていますが、
  近年の研究では薬指の関節に

腫瘍が出来たからのようです。

  余談ですが・・・
  最近その「指を股を切って手を広げた」説から

「ピアノを弾くのに手の小さい人はそのようにする」

という間違った知識が
  専門家でない人達の間で広まっているようです。


  絶対にありえませんのでそのような話を

鵜呑みにしないように!

大体腱と神経を痛めるため、

広げる以前に弾けなくなります!
  「先生に勧められた」という方は

その先生の名前を教えてください!
  音楽は楽しむものなのに、

苦しい思いをさせてまで弾かせるというのは

先生として失格だと思います

  シューマンの話に戻ります。
  結婚後、8人の子供に恵まれますが生活は貧窮、

クララがピアニストの仕事を

再開するなどして生活を支えます。


  また8人目の子供が生まれる頃には

元々弱かった精神面が更に悪化、

自殺未遂まで図ります。


  そのめちゃくちゃになりそうだった

シューマン家に救いの手を差し伸べたのが、

以前ロベルトに憧れて

彼らを訪ねたブラームスでした。


  しかし金銭面での援助をクララは一切断り、

その代わりに自分のステージの間

子供たちの面倒を見てもらっていたようです。


  が、皮肉なことにそうした

クララとブラームスの友情しかなかった親交を

疑ったロベルトは更に追い詰められることになります。


  ライン川に身を投げてから

2年後の1856年7月29日、

とうとう回復しないまま

精神病院にてその生涯を閉じます。